室町・戦国時代

八代将軍足利義政や、河内の守護畠山氏に後継問題が起こり、遂には応仁の乱が起こりました。

京都を中心に11年も争いが続き、幕府の力が弱まりました。

この争いをきっかけにして有力な大名が勢力を広げようとする争いが全国的に広がりました。

十三代将軍足利義輝の時代に、三好長慶が幕府の実権を握りました。

長慶は四條畷市と大東市にまたがる飯盛山の頂上にあった飯盛城を拠点に、五畿内を中心として大きな影響力を持った戦国大名です。

長慶が居城とした飯盛城は、南北約650メートル・東西約400メートルの規模を持つ近畿地方では最大級の山城で、もっとも初期に石垣を使い始めた城でした。

三好長慶はこの城を拠点に政治を行ない、飯盛城は当時の日本の中心と言っても過言ではない場所でした。